氷室神社文化興隆財団

国宝を撮した男 明治の写真師 工藤利三郎

国宝を撮した男 明治の写真師 工藤利三郎

中田善明:著 向陽書房

工藤利三郎は、明治26年の春、45歳で徳島より奈良市の猿沢池畔に移り住んで写真館を開業。以来、日本の文化遺産や景観を撮影し、日本の古美術の普及・保存に貢献しました。しかし、その経歴はとなると、ほとんど知られてはおらず、紹介されることはありません。

工藤が撮影した写真には、合掌手を欠損した興福寺の阿修羅像や、行方不明になったままの仏像や絵画もあり、大仏殿の鴟尾(しび)も今とは異なっています。建造物は修理以前のものであって、修理後の建物と比較した時、学術的にも高く評価されるといいます。

当時は、貴重な美術工芸品を無造作に売り払っている日本人の無知が心ある外国人に笑われていました。工藤は、それに義憤を覚え、写真技術を身につけて日本の文化財を永久に記録にとどめておこうと、写真師への道を歩むようになりました。

著者は、同郷の喜田貞吉(歴史学者)や興福寺の佐伯定胤(後ち法隆寺住職)、岡倉天心、会津八一などとの交友を交えながらその生涯を著しました。工藤利三郎が、使命感をもって仕事に打ち込み、仏像の美しさに魅せられていく姿が描かれています。