正倉院文書の世界
正倉院文書は主として東大寺の写経所の事務帳簿が残ったものであり、戸籍などは反故紙としてウラが写経所で使用されたために今日に伝えられたものです。
著者は、大学の学部生のときに、写経所の会計帳簿の中で、やたらと「薬」を購入しているのが目にとまり、この「薬」が実は酒であり、飲酒を禁じる法令によって酒を「薬」と称して購入していたことや、四年後には堂々と「酒」と記されるようになることを明らかにしました。このときに、古代の人々の息遣いが聞こえてくるような正倉院文書の魅力にひきつけられたといいます。
写経所ではお経を書写する四○人ほど経師がおり、紙四○張を写すごとに布一端が支払われました。一日およそ三○○○字(七張程度)を書写していたので、四~五日働いて布一端という計算になります。しかし、書写しても、脱落が一行あってそれを正さなければ写紙四張分差し引かれてしまい、その分は正した人の方に与えられました。そのほか、本書では、休暇届や給料の前借りや待遇改善要求の文書、落書きなどもとりあげ、下級官人の生活や教養を解説しています。
オモテは古代国家の制度と社会、ウラは天平びとの生活と暮らしを伝える正倉院文書のもつ魅力をわかりやすく紹介する入門書です。