日本霊異記の世界―説話の森を歩く
日本霊異記は、薬師寺の僧景戒が平安時代初期に編集した説話集です。
霊異記は、神話と共通する様式や要素がいくつも見いだせるのに、どれも神話から隔たっているように見えること、霊異記以前には見られない話がたくさんあり、伝承世界の母体となっているところに興味がそそられるといいます。
その例として、日本昔話の中で語られていく「恩返し」が取り上げられています。これは、生きものを大切にするとすばらしい善報がもたらされることを伝えたもので、霊異記にはじめて登場します。また、臨死体験を語る話も霊異記以前には見られない。地獄の苦しみが、家族やゆかりの者たちの夢に現れるというのは、中世の謡曲の夢幻能と同じ体裁であり、まさに「死者語り」と呼んでいい内容です。いずれの話も共通するのは仏教思想が背景にあることです。
しかし、仏教的な教えを説こうとしながら、その狭い世界には収まりきらないエネルギーが溢れ、『続日本紀』が伝えることのできない世界を、生き生きと描いているといいます。
本書は、現代語に訳した霊異記で、平城京の時代を生きた人々の伝承世界をわかりやすく紹介してくれます。