ハンドブック 生駒の歴史と文化
生駒市内の歴史、文化を分かりやすく紹介したハンドブックです。
生駒地域は、平城京と難波京を結ぶ道路が通り、寺院や墓地が築かれ、須恵器や瓦が焼かれる首都近郊地としての役割を果たしていました。中世には、生馬荘(いこまのしょう)・上鳥見荘(かみつとみのしょう)といった興福寺の荘園が生まれ、生馬荘の中核に往馬(いこま)神社、上鳥見荘の中心に長弓寺(ちょうきゅうじ)がありました。生駒谷は行基信仰の拠点となり、数多くの寺院や石仏・石塔が建立されています。
近世では、上質の米が収穫され、酒米や鮨米としての需要が高まります。高山村では、茶せん作りがさかんになり、大坂と奈良とを結ぶ暗越奈良街道(くらがりごえならかいどう)の往来が盛んになりました。
大正期に入ると、大阪電気軌道(現近鉄奈良線)・生駒鋼索鉄道(ケーブルカー)が新設され、宝山寺への参詣が日増しに増加しました。ベッドタウンの生駒としての歩みは、昭和30年代から始まり、阪奈有料道路が開通すると、輸送・通勤・観光の便が一層向上しました。
近年の新たな研究成果が披露されており、携帯にも便利なので、ハイキングや史蹟めぐりにも最適です。